
「三曹」とよばれた魏の曹操・曹丕・曹植の詩文を収録しています。
今回は、その中から曹丕の『短歌行』を紹介します。
短歌行
仰瞻帷幕 仰ぎて帷幕を瞻(み)
俯察几筵 俯して几筵(きえん)を察(み)る
其物如故 其の物は故の如きも
其人不存 其の人は存せず
神霊倏忽 神霊は倏忽(しゅっこつ)として
棄我遐遷 我を棄てて遐(とお)く遷(ゆ)く
靡瞻靡恃 瞻る靡(な)く恃む靡し
泣涕漣漣 泣涕 連連たり
呦呦遊鹿 呦呦(ゆうゆう)たる遊鹿
銜草麑鳴 草を銜(ふく)む鳴麑(げい)
翩翩飛鳥 翩翩(へんへん)たる飛鳥
挟子棲巣 子を挟みて巣に棲む
我孤煢独 我は孤り煢独(こけい)にして
懐此百離 此の百離を懐(いだ)く
憂心孔疚 憂心 孔(はなは)だ疚(や)まし
莫我能知 我を能く知る莫し
人亦有言 人 亦た言有り
憂令人老 憂いは人をして老い令(し)むと
嗟我白髪 嗟(ああ) 我が白髪
生一何早 生ずること一に何ぞ早き
長吟永歎 長く吟じ永く歎き
懐我聖考 我が聖考を懐う
曰仁者寿 曰く仁者は寿なりと
故不是保 胡ぞ是れ保たざる
曹丕が父・曹操の死を悼んで作ったものとされています。
曹操が「仁者」だったのかは議論の余地があるでしょうが、
子としては父の長寿を願うのは当然です。
もっとも、曹丕は父の死の6年後にこの世を去ります。
もし曹操が魏王のまま5年後の70歳まで生きていたら、
後漢の滅亡は5年遅れ、三国時代の歴史が変わったかもしれませんね。